旬のニュース、youtuber、テレビ番組などについて書きます。

今、気になるトレンド、エンタメニュース!

芸能

女優の吉岡里帆大ブレイク!「あさが来た」「ゼクシィ」で大人気。

投稿日:

清楚なお姉さんといった立ち振る舞いで京都府出身という事から、京美人と認知されている吉岡里帆さんは、現在「綾鷹 にごりほのか」「ゼクシィ」などと多数のCMに出演しており新CM女王と呼ばれています。

今回は「ドラマ・CM・グラビア」で大活躍中の吉岡里帆さんが2017年に大ブレイクした理由や生い立ちなどに触れていきたいと思います。

今年から人気爆発する事間違いなしの吉岡里帆さんの情報を皆さんで先取りしちゃいましょう!

吉岡里帆が注目されている理由。

2017年1月にTBSで放送された松たか子がヒロインのドラマ「カルテット」で吉岡里帆さんは松たか子に意地悪をするという悪役で出演しその演技を評価されました。

吉岡里帆さんが名前を知られるきっかけとなったのは「週刊プレイボーイ」のグラビアでしたが、当時の吉岡里帆さんは女優志望だったのでグラビア撮影後大泣きしたといいます。

その後、NHK連続テレビ小説「あさが来た」で丸メガネ役の「のぶちゃん役」で一躍有名になりました。

しかし、「ゆとりですがなにか」では前作の「あさが来た」と全く違う役柄でギャップの差が大きく視聴者に印象付けました。

吉岡里帆さんの凄いところはどんな役柄でもハマるという事です。つまり、いい意味で一貫性が無いのです。多くの女優さんは一貫性を持ち、人柄が役に出てしまい全く違ったキャラクターの演技を出来ません。

しかし、吉岡里帆さんは自分の人柄を演技に出さず、順応性が高い演技をやってのけます。よって、多くの番組・ドラマのクリエイターから引っ張りだこなのです。

どんな役柄でもハマる女優・吉岡里帆という具合でテレビ関係者は認知しているのです。

その証拠に「ゼクシィ」「綾鷹 にごりほのか」「UR身体住宅」などのCMではそれぞれ全く違った印象が観てとれます。これが吉岡里帆さん一貫性がなく順応性が高い演技力がある証拠です。

さらに、バラエティ番組では演技力ではなく空気を読む力が目立ちます。決して物怖じをせず、自分の面白さをアピールして相手側の話を聞き出す能力りょが高いです。つまりコミュニーケーション能力が極めて高いのです。

ラジオ番組では相手の懐に入っていくかのように相手のハートをがっちり掴む勘の良さなども目立ちます。こいった社会適合能力が極めて高いのも魅力の1つです。

吉岡里帆の生い立ち

1993年1月15日に出生した24歳(2017年現在)で京都府京都市右京区出身の吉岡里帆さんは、映像会社の経営者であり写真家の父親と心優しい母親の元で産まれました。

さらに、大好きな祖母もいるという事で家族に愛され育った事が分かります。ドラマ「カルテット」で共演した高橋一生さんとインタビューで兄弟話を語っていたという事で吉岡里帆さんちは兄弟がいるのかもしれません。

実家には猫が5匹、犬が1匹と吉岡里帆さんは重度の猫依存症である事を自身でカミングアウトしています。

また、小学6年生までサンタさんを信じていた吉岡里帆さんは聖徳太子が仏像を贈り込んだという「ちょんまげの人が普通に歩いている町」である京都の太秦という場所で産まれました。

そこで父親・祖母によって吉岡里帆の幼少時に「映画・演劇・歌舞伎・能・日本舞踊・落語」など様々な日本芸術文化に携わる環境の中で育ちました。

この幼少時の貴重な経験が今の一貫性がなく順応性が高い演技力に繋がったのでしょう。

どうやら母親と祖母が映画と舞台が好きでよく能などの日本伝統文化に触れる機会が幼少期から多かったようです。

さらに、幼少時代から心が非常に純粋でサンタさんから貰った一輪車をボロボロになるまで使い続けました。

幼少時には、テニスを習っていましたが当時身体が弱く、医者からテニスを続けるのは難しいとドクターストップをかけられ辞めることになります。

その後、小学2年生の時に書道と出会いその後も長く続けました。

地元の近くにある「全国の書道家を目指す書道エリートが集う」京都橘学園京都橘中学校へ進学しました。

吉岡里帆さんも書道のスペシャリストになる為にこの京都橘学園に入学し、日本語日本文学科書道コースに属しました。

当時中学生だった吉岡里帆さんの夢は書道家だった事が分かりますね。

吉岡里帆の芸能界へ入ったきっかけ

高校生の17歳の時に「銀ちゃんが逝く」という小劇場舞台を鑑賞して衝撃と感動を受け、自分も舞台女優をやりたいと思うようになりました。

高校3年生には独学で舞台芝居の練習をした後に俳優養成所に通い始め自主映画も作りました。

京都橘学園京都橘中学校から京都橘大学文学部に進学した吉岡里帆さんは、舞台女優を目指すようになりましたが、およそ7年間続けた書道も捨てずに書道家への道に近づく日本文学科書道コースへ入学しました。

書道家になる夢がある一方でやはり舞台女優に興味があった吉岡里帆さんは同志社大学に通う友人の誘いを受けて小劇場の舞台に立ち、唐十郎の「吸血姫」で主人公を演じその舞台に立つ快感を覚えた吉岡里帆さんは書道家になる道を捨て、舞台女優になる事を決意しました。

しかし、独学と俳優養成所だけの練習では舞台女優のスキルは上がらないと感じた吉岡里帆さんは、東京の芸能プロダクション「エーライツ」に所属するようになり、エーチームアカデミー養成所で舞台女優の訓練を受けました。

舞台女優に目覚めた吉岡里帆さんは当時はバイトで貯めたお金で夜間バスに乗り京都から東京まで毎回毎回往復する日々を送っていました。

そんな吉岡里帆さんは2012年12月にエーチーム養成所から正式に所属する事になり、2013年新春から女優として本格的に活動を始めます。

しかし、「あまちゃん」「バケモノの子」など数多くのオーディションを受けましたが、どれもこれも最終審査まで進むものの落選しまくり芸能界の厳しさを目の当たりにしました。

2014年7月には「週刊プレイボーイ」でグラビアに出演し、本人の女優からかけ離れた仕事しかない事に号泣し悔し涙を飲みました。

本人はグラビアを嫌がっていたもののかなり可愛いく、当時2014年7月のスリーサイズはB82 W60 H85でした。

しかし、この辛いグラビアの経験が女優としての根性を高める事になったと後々、吉岡里帆さんの口から漏れています。

吉岡里帆の芸能界で成功したきっかけ「あさが来た」

「週刊プレイボーイ」で水着姿を披露し注目を浴びた吉岡里帆さんは女性バンド4人組のチャットモンチーの「いたちごっこ」のミュージックビデオで一人暮らしの女性の日常を描いた描写で登場し、スキップをして楽しそうな吉岡里帆さんの表情でした。このミュージックビデオでも注目を集めます。

さらにその翌年である2015年2月に吉岡里帆さんの待望であった映画デビューを脊椎損傷をした車椅子の少女の物語を描く「マンゴーと赤い車椅子」で果たしました。これでかなり映画関係者は吉岡里帆さんの演技力に光るものを認知し始めました。

どう年の2015年後半期に早速「あさが来た」へオーディションを受けましたが、最終選考で落ちてしまいます。しかし、制作側は「どうしても吉岡里帆に何か役をやらせたい!」と印象付け、2016年2月に「あさが来た」の第18週目に丸メガネがトレードマークの「のぶちゃん」こと田村宜役を任さられました。

吉岡里帆さんはのぶちゃんをひたむきな上にコミカルに演じて一躍有名になりました。

中でも殺し屋のようなセリフを吐くなどメガネっ娘の最大限の魅力を引き出し視聴者の男性ファンの心をまさに「ズドーン」と射抜いたといいます。

さらに、田村宜の「のぶちゃん」役を演じる吉岡里帆さんの目がデカすぎる!と話題を集め瞬く間にSNSなどで拡散され瞬く間に知名度を上げました。

さらに、2016年4月から放送された恋愛ヒューマンドラマ「ゆとりですがなにか」でさらに人気と知名度を上げ現在では「ゼクシィ」「綾鷹 にごりほのか」など数多くのCMに引っ張りだことなりました。

しかも、タイトルが面白い「ゆとりですがなにか」は2017年夏に「ゆとりですがなにか 純米吟醸純情編」という続編を放送する事が決定しているので大注目です。

今年大ブレイク間違いなしの猫依存症の吉岡里帆さんに大注目です!

まとめ

いかがでしたか?

吉岡里帆さんは「週刊プレイボーイ」でグラビアデビューして芸能界で成功したのですね!!本人はグラビアが嫌で大泣きしたようですがとても身体のラインが美しく見てて癒されるグラビアでした。良かったらグラビアの写真を検索してみて下さい!!

今回は

・吉岡里帆さんが注目を集めている理由

・吉岡里帆さんの生い立ち

・吉岡里帆さんが芸能界へ入ったきっかけ

・吉岡里帆さんが大ブレイクするきっかけ

についてまとめました。

ご覧いただきありがとうございました!

スポンサードリンク

スポンサードリンク

-芸能
-

Copyright© 今、気になるトレンド、エンタメニュース! , 2017 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.