旬のニュース、テレビ番組などについて書きます。

身の回りの気になることまとめサイト

スポーツ

浅田真央が引退「気力がなくなった」

更新日:

笑顔いっぱいの2010年バンクーバーオリンピック銀メダリストの浅田真央選手が26歳という若さで引退する事を決意しました。

 

浅田真央、引退「気力がなくなった」

2014年ソチ・オリンピック後に1年間の休養をとった浅田真央さんは、2015年10月に華々しく復帰をしましたが2016年のシーズン時に左膝の怪我があり不調に苦しみました。

2016年年末のフィギュアスケート日本選手権でも、浅田真央選手の最大の武器であるトリプルアクセル・3回転半ジャンプに2度演技に取り組んだが敢え無くミスに終わりました。

その後の会見で「気力もなくなりました」と力のない声でコメントしました。

浅田真央さんは、2016年末の日本選手権フリーで自己ワーストの12位に終わりましたが、左膝の痛みを押し殺し、「自分が出来る最高の演技をする」と昔から言い続けていた言葉を何度も何度も口にして臨んだ大会でした。

しかし、冒頭のトリプルアクセルで転倒し、この試合は8つの3回転の中で減点の無かった3回転は2つだけと浅田真央さんらしくない演技でした。

2016年末の日本選手権フリーは114.10点と自身でも最低の点数となり12位との結果に終わった。

しかし、その後表情は清々しく、「出来ることは全部やった!力を足した!」と報道陣に伝えましたが、一方で「気力がなくなった」と別の報道陣にコメントしていたといいます。

恐らく、2016年末に自分に限界を感じたのでしょう。報道陣に「来季もあるよね!」との質問に「そうですね。はい。」と言葉を濁しながらのコメントとなりました。

2016年の「GPフランス杯」に挑んだ浅田真央さんは、跳べば左膝の状態が悪化すると関係者が出場する事を止めましたが「止めるほうが大変だった」と関係者が漏らすように浅田真央さんは「GPフランス杯」へやる気満々で挑みました

しかし、結果は9位と虚しく終わり、左膝を痛めるだけで何の成果にもなりませんでした。浅田真央しんは、自分の最高の演技に挑戦することが何より大事と考えていました。

2016年末の全日本選手権で12位となった日から一夜明けてからは「少し休みたいです」と清々しい表情で関係者に話したといいます。恐らくこの時から既に引退を考えておられたのです。

人生で10度目となった2016年末の全日本選手権は浅田真央さんにとってかなり気合が入っていた試合だっただけに代表の切符も何もかも得られずスケート人生で初めての「空白の3ヶ月」という代表落ちを味わいました。

この空白の3ヶ月で色々考えた末に辿り着いたのが「引退」でした。

2017年4月10日10時51分に、2ヶ月ぶりにブログを更新し、「去年の全日本選手権を終えた後、それまで自分が支えていた目標が消え、選手としてスケートを続ける気力もなくなりました」と現役引退の意思を表明しました。

2011年に最愛の母が死去

今でも私たちの脳裏に焼き付いているキム・ヨナ(韓国)VS浅田真央の試合ですが、2010年バンクーバー五輪ではキム・ヨナに敗北してしまい、2位と残念な結果になりました。

しかし、フィギュアスケート界の歴代の試合の中でも一番の盛り上がりを見せてくれたキムヨナVS浅田真央さんの試合は現在でも忘れられない試合となっています。

そんな中、2011年12月に最愛の母、浅田匡子さんが48歳という若さで死去

それでも浅田真央しんは直後に行われた全日本選手権に強化出場して見事優勝を果たし「母も、、、喜んで、、、くれて、いると思います」と大粒の涙を流しながらコメント。ファンの涙を誘いギュッと視線を集めました。

嵐・櫻井翔くんが浅田真央の引退にコメント

今回の浅田真央さんがブログで引退を表明した事について「NEWS ZERO」のキャスターを務める櫻井翔さんが浅田真央さんに思いをぶつけました。

「私もそうですが、恐らく多くの人の記憶に残ってるソチ・オリンピックの最後のフリーの演技が印象に残っています。」どうやら櫻井翔さんは現地の生で観戦していたようです。

「最後に天を仰いで小刻みに震えながら、万感の思いを演技についぶつけたというのでしょうか、あの試合は脳裏から離れないですね」と当時の試合を振り返りました。

「怪我の長い闘いの中に出した決断は当然簡単では無かったと思います。まずは本当にお疲れ様でしたと申し上げたいです」と国民の期待、日の丸を背負い続けたその小さな背中にお疲れ様の一言を言い残しました。

 

姉、浅田舞さんと織田信成さんのコメント

姉の浅田舞さんは、「21年間お疲れ様でした。でも未だに真央が引退するなんで信じられません。」と幼い頃から21年間スケートで活躍し続けた妹、浅田真央さんに対してコメントしました。

さらには、「選手して妹、真央と闘う時期がありましたが、真央からたくさんの事を学びました。スケート一筋で生きてきた彼女がスケートから離れるのは何か寂しいものがあります。」「今はスケートから離れ自由な生活を送る事になったので、この自由な時間をとにかく楽しんでほしい」と今後の浅田真央さんに向けてエールをおくりました。

 

一方、織田信長が祖先と自分で明かしている織田信成さん30歳はプロスケーターの関西大学アイススケート部監督に就任して今や競技を教える側になりました。

織田信成さんは「浅田真央さんが競技を頑張っている姿が今でも思い浮かばれます。あの姿が大好きでした。浅田真央さんの一生懸命な姿にスケートに憧れた人もいると思うので、もう彼女がスケートをしている姿が見れなくなると思うと寂しいです。」と4月11日の記者会見でコメントを残しました。

 

まとめ

いかがでしたか?

今回は

・浅田真央さんが現役引退を引退。

・浅田真央さんの母が2016年に死去。

・浅田真央さんへの数々のコメント。

についてまとめました。

ご覧下さいましてありがとうございました!

-スポーツ
-

Copyright© 身の回りの気になることまとめサイト , 2019 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.